小判・大判買取店を
お探しなら
福ちゃんでご満足いく買取を
大判や小判は発行枚数は勿論ですが、その確認されている残存枚数でも買取価格が大きく違います。
骨董品の価値をきちんと鑑定できる福ちゃんだから、大判小判の買取には自信があります。
「天保大判」「天保小判」「佐渡小判」「万延小判」「元文小判」などの大判・小判の骨董的価値をしっかりと鑑定し高価買取いたします。
買取事例にないもののお取り扱いもございますので、お問い合わせください。
買取実例
小判・大判の買取価格に
自信あり!買取実例をご紹介します
記載されている買取価格について
記載している買取価格は過去の買取実績を元にした参考買取価格で、買取価格を保証するものでございません。お品物の状態、発行年度、付属品の有無、在庫状況、現在の相場などにより同名のお品物でも、実際の買取価格が大きく変動する場合がございますので予めご了承下さい。
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広島県出張買取買取日:2023/11/30
小判
元文小判金 組合鑑定書付き
買取価格¥152,000
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香川県出張買取買取日:2023/11/30
小判
元文小判金 鑑定書付き
買取価格¥104,000
元文小判金を鑑定書付きでお買取りしました。
お値段を提示させていただいたところ「想像していたよりも高い買取値段でした」とお客様には大変喜んでいただけました。
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静岡県出張買取
買取日:2024/03/30
小判
文政小判金 「川・当」
買取価格¥105,000
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兵庫県店頭買取
買取日:2024/01/08
小判
享保小判金 裏刻印「久・井」
買取価格¥338,000
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東京都店頭買取
買取日:2024/01/04
小判
天保小判金 背 ち・奈
買取価格¥110,000
お客様の声
ご利用いただいたお客様から
お喜びの声が届いております
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予想以上に高く売れてびっくりしました
慶長小判見てもらいたい小判の数が1枚しかなく、これだけのために来てもらうのは気が引けると思っていたのですが、「喜んでお伺いします」と言ってもらえたのでお言葉に甘えました。来てくれたのは若い方でしたが、これまでにこういう古いお金をたくさん見てきた経験があるとのことで、まずは安心。真剣そのものという感じで1枚ずつしっかり見てくれて、びっくりしてしまうような値段をつけてくれました。予想よりも高く売れたので、かなり驚いています。また何か売れそうなものがあったらお願いしようと思います。
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詳しい説明も聞けて納得できました
万延小判5点骨董集めが趣味だった父が数年前に亡くなり、コレクションの多くは父が親しくしていた方々に引き取っていただいたのですが、形見として残しておくものも決まり、あらかた片付いたと思ったところで最後に出てきたのがこの小判のコレクションでした。書斎の机の引き出しにしまってあったのに最近気づいたのです。1枚ずつパックに入れてありましたが、また父のお友達をお呼び立てするのも申し訳なく、処分することにいたしました。色合いとしてはくすんでおり、そんなに良いものでもないのかもと思っていましたが、福ちゃんの査定士の方に見ていただくと、予想よりも高く売れました。なぜこの値段になるのかきちんと説明もしてもらえて、納得して買い取ってもらうことができました。
小判・大判とは?
小判・大判の歴史や価値をご紹介いたします
小判は、主に江戸時代に流通していた貨幣です。
額面は1枚で「1両」であり、江戸時代半ばの最も政治・経済が安定していた頃には10万円相当の価値があったといわれています。小判が1000枚入る千両箱にぎっしり詰めたとしたら、約1億円にのぼる計算です。
1枚あれば、米1~3石(約150~450kg)を賄うことができたといわれています。庶民にとっては大金であり、買い物などで気軽に使用していたのは武士や富裕な商人といった人々であったようです。
ちなみに、昔話をモチーフにした童謡『花咲かじいさん』の歌詞には「大判小判がザックザク」という部分がありますが、江戸時代には実際、小判よりもひと回り大きな「大判」と呼ばれる貨幣が発行されています。
こちらは現在でいうところの「金の延べ棒」のようなものであり、戦国時代には各大名家で贈呈用に製造され、江戸時代に入ってからは主に徳川幕府から大名に贈られる恩賞に使用されました。
これらの「大判小判」は現在、歴史的な価値とともにコレクションアイテムとしての価値も持つ品となっています。特に高価な小判なら1枚で数百万の高値がつくこともあります。
小判の歴史
日本全国の貨幣単位が統一された江戸時代、250年以上の歴史の中で10種類の小判が徳川幕府から発行されました。
「慶長小判」「元禄小判」「万延小判」など、現在では小判が発行された年号で呼ばれています。
金、銀の採掘量が減ったり経済が停滞したりした時代もあったことから、小判によってはサイズが著しく小さいもの、純金の含有量が低いものもありました。たとえば、江戸時代末期に発行された「万延小判」は、初期に発行された「慶長小判」と比べて2分の1以下のサイズとなり、純金の含有量もかなり少なかったといわれています。
そんな小判は、明治に入って文明開化を迎えたことにより廃止。「両」をはじめ「分」「朱」「匁」といった貨幣単位は「円」「銭」「厘」へと変わり、小判はコインや紙幣にとって代わられることになります。
るようになり、明治時代にはヨーロッパ諸国の貨幣システムにならった「1圓金貨」や「5圓金貨」が発行されるようになります。
このような歴史をたどった金貨は現在、すでに書いたように記念硬貨や地金型金貨として日本を含む世界各国で製造されています。
価値ある小判とは?
小判の価値は、特に江戸時代初期に発行されたものが高い価値を持つというのが一般的な傾向です。
時代を経るごとにサイズが小さく、純金の含有量が少なくなっていること。徳川幕府が、昔の大きな小判をつぶして小さな小判に直すことで金の不足を補っていたため、数が少なくなり、希少価値が高まったこと。以上のような理由で、「初期の小判の価値が高い」という傾向が強まっています。
特に価値が高いとされているのは、以下の2種類です。
●慶長小判
徳川家康が天下を取るきっかけになった「関ヶ原の戦い」から1年後、慶長6年(1601年)に発行されたのが慶長小判です。徳川幕府はこの小判をもって日本全国の貨幣を統一しました。
江戸時代に発行された10種類の小判のうち最も純金の含有量が多いこと、希少価値が高いこともあって高価買取の対象となっています。
●元禄小判
慶長小判に次ぐ小判として、元禄8年(1695年)に発行されたのが元禄小判です。
戦乱の時代が去って数十年、カラフルで派手な町人文化が栄えた時代でしたが、一方で徳川幕府は深刻な財政難を迎えていました。さらに流通する慶長小判の多くが破損し、修繕を必要とする状態になっていたこともあって、新たな小判として元禄小判が発行されることになりました。
15年程度しか使用されなかったこともあって、希少価値は10種類中最も高い部類に入ります。
以上の2種類を含む小判は、「小判である」というだけでも価値を持ちますが、買取査定の際には状態の良しあしも考慮されることになります。
・金属の変色、汚れを防ぐために外気を遮断する真空パックで保管すること。
・純金は柔らかく繊細なので、汚れがある場合も無理にこすったり磨いたりしないこと。
保管の際には、このようなポイントを押さえていただければと思います。
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元文小判金を組合鑑定書付きでお買取りさせていただきました。お値段を提示後、「思った以上の値段でした。」と、お客様には買取価格に大変喜んでいただけました。