皇朝十二銭の買取価格は?現在の価値と種類を一覧で紹介
「皇朝十二銭ってどんな穴銭?」
「皇朝十二銭の種類には何がある?」
という方のために、穴銭「皇朝十二銭」の価値や種類についてまとめました。
皇朝十二銭のなかでは「和同開珎」が有名ですが、他にはどんな穴銭があるか見てみましょう。
目次
- 1 皇朝十二銭とは?
- 2 皇朝十二銭の買取価格を種類別に紹介
- 2.1 【708年】和同開珎(わどうかいちん・わどうかいほう)
- 2.2 【760年】万年通宝(まんねんつうほう)
- 2.3 【765年】神功開宝(じんぐうかいほう・じんこうかいほう)
- 2.4 【796年】隆平永宝(りゅうへいえいほう)796年
- 2.5 【818年】富寿神宝(ふじゅしんぽう)
- 2.6 【835年】承和昌宝(じょうわしょうほう)
- 2.7 【848年】長年大宝(ちょうねんたいほう)
- 2.8 【859年】饒益神宝(じょうえきしんぽう・にょうやくしんぽう)
- 2.9 【870年】貞観永宝(じょうがんえいほう)
- 2.10 【894年】寛平大宝(かんぴょうたいほう)
- 2.11 【907年】延喜通宝(えんぎつうほう)
- 2.12 【958年】乾元大宝(けんげんたいほう)
- 3 皇朝十二銭を少しでも高く買取してもう方法
- 4 皇朝十二銭の穴銭買取は福ちゃんへ
皇朝十二銭とは?
「皇朝十二銭」とは、政府が公式に発行した12種類の穴銭で、「本朝十二銭」ともいわれています。
奈良時代から平安時代にかけて鋳造されました。
皇朝十二銭で一番最初に発行された「和同開珎」で、最後の12番目は「乾元大宝」が発行されています。
当時の日本は物品貨幣が主流だったため、政府は貨幣制度を整備し、平城京遷都に必要な莫大な費用を賄うのを目的に発行したと言われています。
政府の力が弱まったこともあり、乾元大宝発行後はだんだん貨幣が使用されなくなり、それから約600年後に発行される「寛永通宝」まで日本は政府公式の銭貨をつくっていません。
寛永通宝について詳しくはこちら↓↓
「寛永通宝」とは?種類別の価値やレアものの見分け方、買取可能か解説
皇朝十二銭の買取価格を種類別に紹介
- ✔︎ 和同開珎
- ✔︎ 万年通宝
- ✔︎ 神功開宝
- ✔︎ 隆平永宝
- ✔︎ 富寿神宝
- ✔︎ 承和昌宝
- ✔︎ 長年大宝
- ✔︎ 饒益神宝
- ✔︎ 貞観永宝
- ✔︎ 寛平大宝
- ✔︎ 延喜通宝
- ✔︎ 乾元大宝
皇朝十二銭にはその名の通り12種類があります。
それぞれ詳しく、見ていきましょう。
【708年】和同開珎(わどうかいちん・わどうかいほう)
皇朝十二銭として一番最初に発行されたのが、日本で最初の流通貨幣と言われている「和同開珎」です。
和同開珎とよく比較される穴銭で「富本銭」というものがあります。
富本銭は発行年数が和同開珎より古いとされていますが、流通貨幣としては使用されていないと言われており、今のところは和同開珎が最古の流通貨幣という説が濃厚です。
和同開珎は歴史的価値や希少価値が高い穴銭で、高額買取されているケースが多く見られます。
状態や種類によっては数十万円から100万円をこえるものまであります。
和同開珎について詳しくはこちら↓↓
和同開珎の買取価格は?種類や現在の価値、本物の値段を紹介
【760年】万年通宝(まんねんつうほう)
- ✔︎ 狭通:「通」の「マ」部分が大きい
- ✔︎ 横点普通縁:「年」の4画目が横棒で中心の縦棒に接している
和同開珎の次に発行されたのが「万年通宝」で、奈良時代の公卿だった藤原仲麻呂が発行しました。
穴の周りに「萬年通寳」と時計回りに彫られており、裏面が無地なのが特徴です。
万年通宝は、和同開珎10枚に対して万年通宝1枚という交換比率の評判が悪く、5年という短い期間で発行停止となりました。
状態が良ければ数百円や数千円で取引されることが多く、「横点普通縁」は数万円で取引されることがあります。
【765年】神功開宝(じんぐうかいほう・じんこうかいほう)
- ✔︎ 刀神功:「功」の「力」部分が「刀」になっている
- ✔︎ 力功不力:刀神功で「開」が不隷開
- ✔︎ 縮力:「功」が小さく「開」が不隷開
- ✔︎ 大様大字:輪と文字が大きく「開」が隷開
- ✔︎ 中様大字:「開」が隷開で文字が大きく輪が比較的小さい
- ✔︎ 側功:「功」の2画目が郭と並行
不隷開・・・隷書体ではない「開」
隷開・・・隷書体の「開」
輪・・・銭貨の輪郭縁部分
郭・・・穴銭の穴部分
「神功開宝」は皇朝十二銭の3番目として発行され、しばらくは万年通宝と併用されていました。
表面に「神功開寳」と刻印されており、書体にはいくつもの種類があったといわれています。
数千円で取引されているものもありますが、注目されている書体は1万円前後になる可能性もあります。また、「縮力」は最も高額になる可能性が高く、数十万円という査定額も期待できます。
【796年】隆平永宝(りゅうへいえいほう)796年
- ✔︎ 大様:文字が大きく「隆」の「生」部分が台形のようになっている
- ✔︎ 大字:文字が大きく「平」の1画目と4画目が離れている
- ✔︎ 中字:「隆」の「生」部分にある3本のが長く長方形のようになっている
- ✔︎ 広穿長平:穴が広く「平」の縦棒が長く「永」が小さい
- ✔︎ 二水永:「永」が「ニ」と「水」でできている
皇朝十二銭の4番目として鋳造されたのが「隆平永宝」です。
隆平永宝は旧銭の廃止を目的として796年に発行されましたが、廃止計画は頓挫し、818年に鋳造中止となりました。
現存数が少なく、皇朝十二銭のなかでは比較的希少価値が高いと言われています。
数万円が買取相場となっていますが、状態や書体によっては十数万円となるものもあるでしょう。
注目されている書体のなかで最も高額になる傾向にある書体としては、「二水永」と「大字」です。
【818年】富寿神宝(ふじゅしんぽう)
- ✔︎ 大様:文字が大きく「富」がワ冠
- ✔︎ 大様寿貫:「壽」が「夀」になっている
- ✔︎ 示神:「神」の「ネ」が「示」のようになっている
「富寿神宝」は第52代天皇の嵯峨天皇が即位しているときに発行された皇朝十二銭です。
この頃から銅が不足して銅銭の鋳造には鉛が多く含有されるようになったとされています。
政府公認の銅銭は、富寿神宝から質が劣悪になったといわれています。
とはいえ、歴史的価値は高く、数万円で取引される穴銭です。
なかでも「大様寿貫」は価値が高く、十数万円が相場となっています。
【835年】承和昌宝(じょうわしょうほう)
- ✔︎ 大様:輪と文字が大きく「和」の2画目が右上がりになっている
皇朝十二銭の6番目である「承和昌宝」は、仁徳天皇の時代である承和2年に発行されました。
元号が名称に使われた日本初の穴銭です。
旧銭10枚で承和昌宝1枚という交換率だったため、旧銭を溶かしてつくる私鋳銭が大量につくられたといわれています。
1万円前後で取引されることが多いですが、「大様」と呼ばれる種類は数万円が相場です。
【848年】長年大宝(ちょうねんたいほう)
- ✔︎ 大様:輪と文字が大きい
輪・・・銭貨の輪郭縁部分
承和昌宝の次に発行されたのが「長年大宝」という皇朝十二銭です。
長年大宝は希少価値が高い古銭の一つで、さまざまな種類があります。
コレクターに人気があるのは輪と文字が大きい「大様」と呼ばれる種類で、数万円から数十万円の査定額が期待できるでしょう。
【859年】饒益神宝(じょうえきしんぽう・にょうやくしんぽう)
- ✔︎ 大様:輪と文字が大きい
- ✔︎ 小字左神:「神」が右に寄っている
輪・・・銭貨の輪郭縁部分
「饒益神宝」は、859年に発行された皇朝十二銭です。
饒益神宝から銭の質はさらに悪くなったと言われており、刻印されている文字の判別が難しいほどだったと言われています。
また、皇朝十二銭のなかでは現存数も少なく、文字が判別できる美品ともなれば希少性はさらに増すでしょう。
数十万円が相場となっており、「大様」や「小字左神」といった種類ともなればさらに査定額が向上する可能性があります。
【870年】貞観永宝(じょうがんえいほう)
- ✔︎ 直足貞:「貞」の9画目が短く垂直に降りている
「貞観永宝」は皇朝十二銭の9番目として発行されました。
旧銭の傷みが激しいので、新しい銭貨で旧銭を一掃する目的で鋳造されたといわれています。
とはいえ、銅銭自体の質は向上せず、銅の含有率は半分以下で鉛の含有率も低くならないままでした。
貨幣としての質は良くありませんが、状態が良いものが少ないこともあり、買取相場は数万円です。
【894年】寛平大宝(かんぴょうたいほう)
- ✔︎ 大字(方冠):「寛」のウ冠の両端が垂直に降りて文字が大きい
- ✔︎ 延尾寛:「寛」の13画目が郭と平行に長く伸びて跳ねが低い
- ✔︎ 狭平:「平」が細長く横棒2本が離れている
- ✔︎ 濶大:「大」の横線が2・3画目の払いより長い
貞観永宝の次に「寛平大宝」という皇朝十二銭が発行されました。
寛平大宝は、それまで鋳造された皇朝十二銭よりもひとまわり小さくつくられています。
数千円から数万円で取引されていることが多い種類です。
注目されている書体にはいくつか種類がありますが、特に注目されているのは「寛」にあるウ冠の両端が真っ直ぐ降りており、全体の文字が大きめである「大字」という種類で、10万円近い価格がつく可能性もあります。
【907年】延喜通宝(えんぎつうほう)
- ✔︎ 大様:輪・文字が大きい
輪・・・銭貨の輪郭縁部分
皇朝十二銭の11番目として907年に「延喜通宝」が発行されました。
銅不足から銅銭の劣化は留まることを知らず、延喜通宝はもはや鉛が主成分になりつつありました。
彫られた文字も解読できないものが多いほど、当時から粗悪な質だったといわれています。
数百円から数千円で取引されることが多い種類ですが、「大様」であれば数万円で取引されることもあります。
【958年】乾元大宝(けんげんたいほう)
- ✔︎ 短元:「元」の4画目が短く下に伸びている
- ✔︎ 接郭:文字が全て郭に寄っている
郭・・・穴銭の穴部分
「乾元大宝」は最後の皇朝十二銭です。
鉛が75%以上を占めるなど、品質は銅銭と呼べる代物ではなかったと言われています。
963年に鋳造終了するまで5年間発行されましたが、流通範囲は狭く、日常生活に浸透していませんでした。
鉛が多かったことから状態が良好なものは少なく、数百円から数千円のものが多く見られます。
状態が良好であれば数万円の査定額も期待でき、「接郭」は査定額が数十万円と向上する可能性もあるでしょう。
皇朝十二銭を少しでも高く買取してもう方法
- ✔︎ 複数枚を買取に出す
- ✔︎ 保管状態に気を付ける
- ✔︎ 穴銭の買取実績が高い業者を選ぶ
皇朝十二銭は歴史的価値が高い穴銭なので、買取してもらえる可能性は十分あります。
状態がいいものは数万円以上の高価買取が実現するかもしれません。
しかし、1,000年以上前の古い貨幣であり、12種類をさらに細分化すれば種類も多種多様です。
価格がつかないほど状態が悪いものも少なくないため、他の古銭と合わせて複数を査定に出すと査定額が向上する可能性があります。
また、保管状態にも注意が必要です。ケースに入れて直接触らないようにし、洗浄等は劣化させる恐れがあるため控えましょう。
現物をさまざまな角度から査定しなければ価値がつけられない穴銭なので、穴銭に強い買取業者に見てもらうと損のない取引が可能となります。
皇朝十二銭の穴銭買取は福ちゃんへ
「皇朝十二銭」とは、708年から約250年に渡って政府が発行した12種類の穴銭です。
日本最古の流通通貨とされている「和同開珎」を初め、最後は「乾元大宝」で幕を閉じました。
歴史的価値が高いので、状態が良好であれば数万円の買取価格がつくこともあります。
皇朝十二銭は、穴銭買取について多数の実績を持つ福ちゃんにお任せください。
福ちゃんには、穴銭に関して豊富な知識を持ち、幾度となく買取をまとめてきた経験が多数あるプロが在籍しています。
皇朝十二銭を含む穴銭買取は、ぜひ福ちゃんへどうぞ。
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